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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)1325号 判決 1980年10月02日

控訴人

社団法人日本旅行業協会

右代表者

兼松学

右訴訟代理人

風間克貫

外三名

被控訴人

株式会社水明荘

右代表者

久保寺祐司

右訴訟代理人

鈴木光春

井口寛二

主文

本件控訴を棄却する。(ただし、原判決主文第一項は、請求の減縮により、「控訴人は被控訴人に対し、金三四万〇四〇〇円の支払いをせよ。」に改められる。)

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一・二審とも、被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決(ただし、予備的請求を取り下げた上、主文第一項のとおり請求を減縮した。)を求めた。

当事者双方の事実上・法律上の主張及び証拠関係は、次のように付加・訂正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

一  (付加・訂正)

1  原判決三枚目裏六行目「一項」の下に「及び右規約九条」を加え、同八行目「保証し、」を削る。

2  同五枚目表五行目から九行目までを「しかるに、控訴人は、前記のとおり被控訴人の申出にかかる認証を拒否した結果、」に、同末行の「四六、六〇〇」及び「三七万八、四〇〇」を、それぞれ「八万四、六〇〇」及び「三四万〇、四〇〇」に改める。

3  同五枚目裏二行目から末行までを次のように改める。

七 そして、右のように控訴人が何らの理由なく認証を拒否したのは、控訴人の担当職員の故意又は過失によるものであるから、控訴人は被用者の行為につき不法行為責任を負う。よつて被控訴人は控訴人に対し、右金三四万〇四〇〇円の支払いを求める。

4  同一六枚目裏九行目「書面」の次に「(甲第五号証)」を加える。

5  同一八枚目表六行目の次に、次のとおり加える。

(ホ) ところで、債権認証の申出があつたときの理由の有無の判断は控訴人の裁量に任されているが、その判断の資料となる規約第一〇条第二項所定の諸書類のうち、同項ハの納付書正本以外の書類は実際上欠けることは考えられないので、問題となるのは、右ハの書類がなく催告認証の手続がとられ、債務者である保証社員から異議申立がなされた場合である。つまり、「認証の申出に理由がないと認める場合」とは、多くは右異議申立に理由がある場合であると、法は予定していたものと考えられる。

保証社員には異議申立をするか否かの選択権があり、同社員が異議申立権を行使した場合に控訴人が原則としてこれを受け容れることは既に述べたとおりであるが、本件異議申立に理由があるかどうかの判断については、なお、次のようにいうことができる。すなわち、認証申出に右のように納付書正本の添付が要求され、添付がない場合の催告認証の手続において異議申立の機会が保障されているということは、法が、控訴人が弁済業務を処理するに当たつて保証社員の利益をも顧慮すべきことを要求していることを示すものである。この「保証社員の利益」が具体的に何を指すかは、個別的ケースごとに異なるが、一般論として、一般旅行客と運輸・宿泊業等の旅行業開連産業の業者とは、扱いの上で差等を設けるべきである、といえる。そもそも弁済業務保証制度は旅行者保護を主眼として作られたものであり、かつ、一般旅行客に納付書正本の添付を要求することは無理であるから、一般旅行客からの認証申出の際には「保証社員の利益」を顧慮する必要はないが、関連産業の業者の場合は、旅行業のプロとして保護の必要性も少なく、旅行業者と一体となつていわば一つの「業界」を形成しているのであるから、かかる業界全体の中での保証社員の立場も、守られるべき「保証社員の利益」といえることになる。

本件認証の申出人である被控訴人は宿泊業者である。そして、保証社員である観光企業は、倒産時点において被控訴人を含む旅館ホテル関係業者に対し総額約三二〇〇万円の負債を有する反面、資産はその一割程度しかなかつたのである。かかる状況下で観光企業が被控訴人にのみ納付書正本を交付すれば、他の債権者らから反発され、業務の再建はもとより当面の債権整理にも混乱を来たすことは必至である。その故に観光企業は、総債権者への平等弁済を理由として異議の申立をしたのであり、控訴人も、業界における観光企業の立場を考えた場合、右申立は特に不当なものでないとしてこれを認め、認証申出に理由がないと判断したものであつて、かかる措置は、控訴人の裁量の範囲内であり、当不当の問題は起こりえても、違法という問題は生じない。

6  同一八枚目裏一〇行目「、第九」を削る。

二  (証拠関係の付加)<省略>

理由

当裁判所もまた被控訴人の請求を理由があると判断するものであつて、その理由は、次に付加、訂正するほかは、原判決理由の説示一、二と同一であるから、ここにこれを引用する。

一原判決二〇枚目裏九行目「概容」を「概要」に、同一〇行目「四項」を「二項」に改め、<中略>、二二枚目表九行目「一還」を「一環」に改め、同二四枚目裏四行目「手続を」から同七行目までを「認証をなんら正当な理由なく拒否したことにより、被控訴人は、その認証を得て弁済を受けえた筈の債権の弁済を受けることができず、金三四万〇四〇〇円(申出債権額四二万五〇〇〇円から八万四六〇〇円を控除したもの)の損害を被つたというべく、かかる控訴人の処置が控訴人の担当職員の行為であることは弁論の全趣旨によつて認められるから、控訴人は民法七一五条により、右被用者の行為によつて被控訴人に生じた損害を賠償する義務がある。」に改める。

二本件の争点は、結局、観光企業が異議申立書(甲第六号証)において掲げた「弁済保証金を旅行関係全債権者に平等分配したい」という異議申立の理由が、控訴人の認証申出を「申出に理由がない」として排斥するに足りるものであるか否かの問題に帰するが、これについて、控訴人は、弁済業務の処理に当たつては、申出にかかる債権の債務者である保証社員の利益をも顧慮することが要求されると主張する。

案ずるに、この制度が、認証申出の際に原則として保証社員の所持する納付書正本の添付を要求し、その添付のない場合に催告を受けた保証社員に異議申立をなすことを認めた趣旨が、その限りにおいて保証社員の利益ないし弁済者の意思を斟酌しようとするにあることは明らかであるが、その故に、控訴人主張のように、保証社員には異議申立に関する選択権があつて、保証社員がこれを選択して異議申立権を行使した場合に、控訴人としては原則としてこれを受け容れるべきものと解するのは相当でない。けだし、弁済業務保証の制度は、法第二二条の八以下の諸条で大綱を定められた上、保証金還付の権利実行の手続及び認証の手続は、法第二二条の九第六項の委任により運輸省令たる施行規則に定められている一方、規約は、法第二二条の一七により運輸大臣の認可を受けるものではあるが、旅行業協会すなわち控訴人の内部の定めであつて、弁済業務関係の規範としては、施行規則の下位に立つことはいうまでもないところ、この上位規範たる施行規則の第四一条は、認証の申出に理由がないと認める場合を除いては、申出にかかる債権について認証をしなければならない、と規定し、同規則第四二条は、認証申出書の受理の順序に従つて認証の事務を処理すべき旨を規定しているからである。即ち、ことが催告認証にかかり、規約によつて保証社員から異議の申立がなされても、「異議の申立に理由がある。」すなわち「認証の申出に理由がない。」と認められない限り、原則として申出順序に従い債権について認証すべきこととなるのであつて、異議の申立に理由があるとして先順位者の認証を拒否しうるのはむしろ例外的事態であるとするのが法の建前であると解される。「認証の申出に理由がない場合」とは、例えば、保証社員において債権者に対し債務の弁済をする能力も意思も有するのに認証の申出がなされた場合とか、債権者の保証社員に対する権利につき弁済を拒みうる法律上の事由が存在する場合など、旅行業協会の弁済業務の趣旨に添わない例外的な場合であつて、このような例外的事態を除けば、旅行業協会は認証することを法令上拘束されるものというべく、制度上認証申出に納付書正本の添付が要求され、保証社員の異議の有無を斟酌する意義も、このような例外的事由の存否を確認する趣旨に出たものと解するのが相当である。

ところで、控訴人は、保証社員の利益の顧慮につき、運輸・宿泊業者等、旅行業開連産業の業者からの認証申出は一般旅行客からの申出に比し保護の必要性が少ない反面、かかる業者と旅行業者とは「業界」を形成する関係にあるから、かかる業者からの申出に対して異議を申し立てた保証社員すなわち旅行業者については、その業界における立場をも考えた上で異議申立に理由があるか否かを判断すべきであると主張する。

確かに、この弁済業務保証制度の基本法である旅行業法(旧、旅行あつ旋業法)の一部改正立法の経過において、関係諸法条の立法趣旨として旅行者(消費者)保護の思想が打ち出されていたことは、<証拠>(官報号外「運輸委員会議録」等)に徴して認められるところである。しかしながら、成文上、弁済業務に関する法第二二条の三第三号の「旅行業務に関し社員と取引をした者」という措辞からは、一般旅行者と控訴人のいわゆる旅行業関連産業の業者とで扱いを異にすべきであるとの趣旨を読みとることはできず、この点に関し旅行業協会の自由な裁量を許したと解しうる法令上の根拠は見当たらない。

また、平等弁済についての債務者の意思に副うための認証の拒否も、法の認めないところであると解される。けだし、弁済業務保証の制度は、本来保証社員の営業の存続を前提として、旅行業務によつて生じた債権紛争の個別解決を目指したものであることは、例えば法第二二条の九第一項括弧内の文言が先順位債権についての認証とか、同条による還付後法第二二条の一一によつて還付額相当の還付充当金の納付がなされた場合とかを云々し、施行規則第四二条第一項が前記のとおり認証事務の処理は「申出書の受理の順序に従つて」なされるべき旨を定めていることなどからも明らかであり、その債権紛争の解決は、旅行業協会が法の定めに従い公益の見地から独自の立場において行うもので、保証社員のために、或いは保証社員に代つて行うものではないからである。法は、保証社員の倒産といつた事態を予想せず(これは、法第二二条の一一第三項が、資力の不足する社員の地位喪失を規定していることからも窺われる。)、そのような場合まで控訴人の配慮を期待しているわけのものではない。倒産の場合にはいわゆる倒産諸法制の適用があつて然るべきであつて、そのような場合をも本法によつて与えられた控訴人の権限に属するとして、広い政治的裁量をもつて賄おうとする控訴人の主張は、法令上の根拠に乏しく失当という外ない。

よつて、その余の点を判断するまでもなく、これと同旨に出た原判決は正当である(ただし、当審における請求の減縮により、認容額は三四万〇四〇〇円となる。)から、本件控訴はこれを棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法第八九条、第九五条に則つて、主文のとおり判決する。

(杉山克彦 倉田卓次 高山晨)

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